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吉田流ワークライフバランス~実績を挙げながら人生を楽しみ尽くすコツとは?

吉田 進 様 (Mr. Yoshida)

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36歳で保険業界に転身してから、7年間のマネージャー職時代を除くとほぼ毎年となるMDRT19回を誇り、現在も成績終身会員として活躍する吉田進氏。だが意外にも、仕事一辺倒だったことはなく、常に仕事以外の生活を大事にしながら活動してきたという。自身のキャリアのゴールが見え始めてきた現在、「仕事、家族や友人、遊び、ボランティア活動の四つをバランスよく回していくのが私のワークライフバランス」と笑う同氏に、人一倍営業実績を挙げながら人生を楽しみ尽くすコツを聞いた。

「やらない後悔よりも、やって後悔した方がいい」

吉田氏はもともと、大手スポーツ用品メーカーに入社し、順調なサラリーマン人生を送っていた。30代半ばで課長職を務め、いずれは部長になり、役員まで昇進していくのだろうかと、何となく今後のキャリアを思い描いていた。しかし、一方で、退社時間が夜11時は当たり前、土日出勤もたびたび、といった仕事にのめり込む毎日に家族との関係が疎遠になっていた。そんな生活の中でふと、「自分は何のために働いているのか」と疑問を持ち、自分の将来を考えて急にむなしさを覚えた。

転機は、大学時代に所属していたサッカー部のOB会で実施したゴルフコンペだった。これまで忙しさにかまけて断り続けてきたが、参加してみることにした。旧交を温めながらOB会のメンバーを見渡すと、2代目経営者が多く、皆楽しそうに人生を送っていることに気が付いた。そんな中、たまたま転職して生保の営業所長をしている同期がおり、仕事について尋ねると、「自分のやりたいことができる会社で、毎日が楽しい」という答えが返ってきた。興味を持った吉田氏は、同期の勧めもあって試しに支社長に会ってみることにした。すると、会社や仕事について大まかな話しをしただけで、すぐに「なんて良い会社なのだろう」と思い、2回目に面談したときには、もう転職を決意していた。とりわけ、組織に依存して仕事をするのではなく、自分の力で実績を積んで報酬を得るという働き方にやりがいを感じた。もちろん両親や家族は反対した。「せめて、小学生の子どもが中学を卒業するまでは」と再考を求めた奥さんに対しても、「今じゃなきゃダメなんだ。やらないで後悔するよりもやって後悔したい」と説得し、ゴルフコンペの3カ月後には、辞表を提出していた。

 

順調に滑り出した初めての営業活動

家族を何とか説き伏せ、生保業界に足を踏み入れた吉田氏だったが、研修を終えて、いざ働き始める段階では、恐怖感を抱いていた。なにしろ、これまで営業の経験がなく、事前にキーマンを100人リストアップする作業では、30人ほどしか埋まらず、奥さんの友人などを適当に記入していた。活動初日には、断られることが恐ろしく、アポ入れすることさえできなかった。しかし、家族を養わなければならないという責任感から、とにかく最初の5人に連絡してみた。すると、5人共、快く面会に応じてくれた。研修で習った通りに話を進めていくと、驚いたことに次々と契約してもらえ、「これからも頼むね」「なんでもっと早く転職してくれなかったの」といった言葉を掛けられた。契約をお預かりしていく中で吉田氏は、自分が思っていたよりも話を聞いてくれる方が一杯いることに気が付いた。知り合いならためらわずに声を掛けて構わないし、そうした周りの人は意外と自分に好感を持っていたことが分かった。その後、とんとん拍子で契約件数が伸び、1年目で新人賞を獲得し、翌年にはMDRTに初登録。そこから数年間は社長賞の基準をクリアし続けた。もちろん、営業活動の中で嫌なことも経験したが、それよりも、人に喜ばれて、その対価として収入を受け取るという営業の仕事が楽しくてしょうがなかった。

仕事以外の生活も変化した。家族との時間を確保できるようになり、休日は家族サービスに費やした。また、遊びにも全力を傾けた。とりわけ、好きなサッカーでは、ワールドカップで日本代表の試合を生で観戦するため、4年ごとに現地に飛んでいった。「人のためになって、ストレスもなく、家族とも楽しく暮らせて、こんな良い仕事はない」というように、生保営業の仕事は、吉田氏に充実感をもたらした。

 

営業スタイルの変化とホームタウンへの思い

吉田氏の営業スタイルは、自身で「正攻法しかやり方が分からなかった」と言うように、特別なテクニックがあるわけではない。特定マーケットを開拓したり、セミナーを実施して集客したりするわけでもなく、当初からキーマンを軸に紹介を少しずつ増やして契約を伸ばしてきた。お客さまにはまず、「どうして保険に入らなければならないか一緒に考えてみませんか」と切り出し、時間を掛けてお客さまの将来の夢や不安を十分聞いた上で、2回目以降の面談で詳細なライフプランニングを行い、しっかり納得してもらってから契約手続きに入る、というサイクルを繰り返した。

5年目を迎えて実績を十分に積んだ吉田氏は、マネージャー職に挑戦したが、足掛け7年にわたる新人の採用や育成の仕事はあまり成果が挙がらなかった。一人一人個性が違う営業社員に自分のやり方を指導しても、あまり効果がないことが分かった。再び営業に戻ってからしばらくは、MDRTの基準はクリアするものの、明確な目標もなく、ある程度の実績で満足していた。しかし、ある年のMDRTの研修会に参加し、バリバリと頑張っている同年代の姿を見て、「このままではいけない」と気持ちを入れ替え、再び、営業活動にまい進した。当時について吉田氏は、「MDRTに救われた」と振り返る。

この頃から、営業のやり方を変えることにした。もともと、幼い頃から住んでいる武蔵小金井の街には愛着が強く、常々一生暮らしたいと思っていた。そこで、街づくりに携わりながらベースを増やしていこうと考えた。ライオンズクラブへの加入、イベントの運営、ボランティア活動など思い付く限りの活動に参加して一生懸命取り組んでいった。すると、こちらから特に話を切り出さなくても、知り合いから保険の相談が自然と舞い込んできて、ベースが膨れ上がっていった。

 

リタイア前にすること・リタイア後にすること

現在、64歳の吉田氏は、すでに若い世代へのアプローチにブレーキを掛けている。70歳をめどに現役を退こうと考えており、これからライフステージが変わっていく若いお客さまの相談に乗ることは難しいからだ。今後、最も重要な仕事は、次世代への引継ぎだと考えている。もっとも、これまで関係を構築してきた大事なお客さまを託すわけだから、ハートのある働き盛りの人に引き継ぎたいが、そういう営業社員はどこにでもいるわけではなく、また、すでにたくさんのお客さまを抱えている。幸いにも、武蔵小金井のお客さまについては、最近になって、地元在住でこれからも頑張っていきたいという若い営業社員にめぐり合ったという。

引き継ぎについては、お客さまだけでなく、ボランティア活動についても同じことが言える。吉田氏は、社内やMDRT、武蔵小金井関連など数多くのボランティア活動に従事している。もちろん現役引退後も続けていくつもりだが、運営は若い世代に託すことになる。近頃は、「後は頼むぞ」と声を掛けることもあるという。引退後の活動については、現在、思案中だ。

武蔵小金井に長く住み、40代頃から街のさまざまな活動に携わるうちに、多くの課題が見えてきた吉田氏は、自分自身でもやるべきことがたくさんあると感じている。ただ、それが何かという答えはまだ出ておらず、これからの数年間でじっくり考えていくという。

 

まとめ

これまでさまざまな領域で精力的に活動してきた吉田氏に、自身のワークライフバランスについて尋ねると、すぐに四つの要素を挙げた。「仕事がうまくいかないと将来どうなるか心許ないし、そもそも家族や友人に喜んでもらうためにこの仕事を始めた。ただ、一生懸命家族のために働いても、自分が楽しくなければ全く意味がない。そして、収入を得ることができて、時間にも余裕ができたら、今度は社会に何かを返さなければいけない。仕事、家族・友人、遊び、ボランティア活動がうまく回ると、めちゃくちゃ楽しい」。自分が携わりたいと思った全ての分野にバランスよく力を傾けることが、吉田流の人生を楽しみ尽くすコツであり、そんな吉田氏の姿は、これからもさまざまな場所で見かけることになるだろう。

 

 

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