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震災を契機に深まった土地との絆  ~〝よその人″からの脱却~

小野隆行様 (Mr. Takayuki Ono)

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小野隆行氏の社会人としての船出は波乱に満ちたものだった。食品に携わる仕事をしたいと志し、導かれるように雪印のグループ会社から内定を受け取った同氏は、入社直前の1月に雪印食品事件の報に触れることになった。内定をもらった会社のグループ会社が入社直前に大規模な不祥事を起こせば少なからず動揺するはずだが、小野氏の思いは違った。「事件はお客様を裏切る許されないことであるが、幼いころから親しみのある雪印を立て直す一助となり、会社の期待に応えたい。落ちるところまで落ちたのだから、後は上がるしかない。これはある意味チャンスだ」、そう考え、迷わず入社の道を選んだという。その考えの通り、同氏は配属された仙台の事業所で、担当する取引先の売上を事件前の1.5倍にするという業績を達成。誰にも正解が分からない状況だったからこそ、やれることは全てやった。保険業界への転職のきっかけも、盛岡に住む婚約者のお義母様に「娘にはずっと東北にいてほしい」と言われ、転勤のない仕事を選んだ結果だという。「私、前職を寿退社しました。」と語る穏やかな話し振りの陰には、ぶれない胆力が滲む。

保険の話はしない

「転勤なしの出来高制で自身の力を試したい」、これが小野氏の転職理由だった。当時、保険に対する熱い思いがなく、入社後数年間は辛い試行錯誤の日々が続いたという。転機は4年目にやってきた。社長杯入賞をきっかけに情報量が急増した。入社5年目でMDRTの基準を達成すると、さらに驚くような情報が流れ込んできた。これが大きな力になった。

顧客の9割をサラリーマンが占める同氏の場合、顧客の収入は安定しているものの、急激な上昇は望めない。それにも関わらず、子どものいる世帯の場合、養育費は年々膨らんでいく。そこで同氏は、保険料を抑えるアドバイスが出来れば、お客さまのお役に立てるのではないかと考え、「公的保障をフル活用して、合理的に保険料を下げましょう」と提案することにした。こうした提案は顧客に歓迎され、実績にもつながった。さらに紹介のお願いについては、面談の冒頭から「私は公的保障をフル活用するという考え方を広めたいと考えているので、保険に入るか入らないかではなく、紹介に値する話かどうかというスタンスで話を聞いてほしい」と伝えている。いずれも、アイデアの種は、同社の優績者やMDRTの諸先輩方から得たものだという。現在では一般化している公的保障を絡めた話法だが、「顧客のためにできることをしたい」という信念があるからこそ、同氏の提案は顧客の胸に届くものとなっている。

 

先延ばしにしない

仙台を拠点としながらも、八戸、盛岡、山形、秋田といった東北各地に加えて、学生時代を過ごした東京にも顧客を持つ小野氏。それだけに出張も多いというが、同氏のスケジュール管理のポイントはたった一つ「先延ばしにしないこと」だ。例えば東京の顧客を訪問した際には、次の面談日程もその場で決める。その上で、その前後の時間に東京での仕事を入れていく。新規案件がない場合には、保全を目的に既契約者を訪問する。こうすることで、効率の良い営業活動ができるという。

さらに日々の活動を後押しするのが、「ベルン」のミルフィユ(3個入り)だ。同氏はこのお菓子を毎週月曜日に5個購入し、新規の面談時に渡していく。3個しか配れなければ、その翌週には7個配るよう努力する。賞味期限は常温で約1ヶ月。管理は家の冷蔵庫でするため、家族にも活動状況が分かる仕組みだ。東北では仙台三越でしか売っていないというプレミア感もあり、「おいしいお菓子ももらえるから話を聞いてみなよ」と、紹介のきっかけになることもあるという。1カ月約6,000円で出来る月20件の新規面談にこだわれるビジネスアイデアだ。

 

地域に根差す

東京で育った同氏にとって、仙台市は仕事を機に出逢った土地だ。保険の仕事を始めた頃、面談相手に最初に聞かれることといえば「あんた、どこの人?」という質問だった。「東北出身ではない、よその人なんだろう」「いつかは東京に帰ってしまうのだろう」―質問には、土地を愛するが故の警戒感が含まれていた。「関東出身の自分には最初のハードルは高かった」、同氏はそう振り返る。「仙台に居続けるためにこの仕事を選んだんです」そう言い続けて15年。今では、一歩踏み込むことが出来れば、東北ほど温かい環境はないと感じている。契約者から紹介を受けた人は「保険に入るから」と電話をしてくる。保険料やプランも「あなたに任せる」と言ってくれる。「人」で商売が成り立つことを実感したという。

契約をお預かりした以上、大切なことは、相手が困っているときにきちんとフォローすることだ。2011年に発生した東日本大震災では、身近な人が数多く被災した。幸い被害の少なかった同氏は、自宅の風呂を、被災した知人・友人に提供した。仕事から帰ると、風呂から上がったばかりの知人がリビングで家族と談笑している。不思議な風景だったが、できることがあることが嬉しかった。いつの間にか「あんた、どこの人?」とは聞かれなくなっていた。

 

自分はスマホ(お客様にとって必要なアプリ)と心得る

「私は皆さんのスマホ(情報源)になりたいんです」。顧客との接し方について尋ねると、少し意外な回答が返ってきた。「スマホ」の意味は、自身がお客様にとって必要なアプリとなり、保険以外のことでも気になったことがあれば声をかけてもらえる頼れる存在になること。だという。事実、同氏の下には実にさまざまな問い合わせが寄せられる。「住宅ローンのアドバイスを受けたい」「ふるさと納税について教えてほしい」「テレビを買いたいが、安く買えるところはないか」「子どもと映画を観に行きたいんだけど…」。

どれほど保険とかけ離れた質問であっても、同氏はその一つ一つに丁寧に対応していく。知っていることならすぐに回答するし、知らないことなら調べて回答する。テレビのことなら、電機メーカー勤務の契約者に連絡を取るし、映画の割引チケットがないか、イベント会社に勤める契約者に照会したりもする。「テレビは価格ドットコムで探すのが一番安いみたいですよ」、そんな回答でも、誠意が伝われば顧客は喜んでくれる。「できることは全力で、できないことはできるまで」、いつも大切にしている元MDRT日本会会長の奥山瑞美氏の教えだ。

 

まとめ

仙台で保険の営業を始めて15年になるという小野氏。2018年4月からは管理職として採用と育成に携わるようになったが、営業の仕事も変わらず続けている。採用・育成の目標達成だけでなく、MDRTの基準達成も引き続き目標として自らに課しているという。「今育成している人たちにもMDRTに入ってほしい」、そう語る同氏の目ははるか遠くを見据えている。未曾有の大震災を経験した東北の地で人々の暮らしを守るべく、小野氏は今日も「ベルン」のミルフィユを鞄に忍ばせ、顧客の下へと奔走している。

 

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