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経営者の視点とコンサルタントの意識で顧客に向き合う ~独立系代理店だからできること~

木場安弘様 (Mr. Koba)

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Video 0:06:34

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営業は自分1人。あとは保全を担当するスタッフが3人。木場安弘氏が運営する保険代理店の構成は非常にシンプルだ。拠点を置くのは鹿児島の南端の漁師町、人口は約2万人程度だという。もともとは自動車整備を生業にしたいと10代で大阪に修行に出たが、21歳で地元に戻っても元手が足りず、仕入れや在庫管理の無い仕事ということで保険の世界に飛び込んだ。損保会社の研修生として1年半を過ごし、23歳で独立。58歳の現在は、主に鹿児島県内の医療法人140社をメインに経営者の相続や事業承継のコンサルティングを行っているという。「大事なことはMDRTが教えてくれた」と語り、学ぶ姿勢を保ち続ける同氏に、これまでの施策や仕事をする上で大切にしていることを聞いた。

30歳の決断。睡眠は3時間に

21歳で損保代理店を始めた当初、木場氏は10年後の30歳で保有1億円を目指そうと考えていた。実際、仕事を始めて少しした頃、その後のキーパーソンとなる人物と出会い、法人を紹介してもらううちに業績はとんとん拍子で伸びていった。しかし、収入が大幅に増えたことで趣味の世界に没頭してしまい、その結果、30歳の時点の保有は約5000万円。目標を半分しか達成できなかった自分に腹が立ち、木場氏はこの時、仕事に2つのルールを設けた。1つは、毎日これまでの倍の時間働くこと。もう1つは月曜日から金曜日までの間、毎日7人の経営者と会うこと。こうした働き方をすると睡眠時間は3時間になってしまうため、とりあえず1年間の目標として始めたというが、この習慣がこの後20年以上続いたというから驚くほかない。

1日に7人の社長に会うというのも容易なことではない。当時は地場の主産業でもある建築・土木業者を回っていたこともあり、朝9時に訪問したのでは現場に出ている社長に会えない。そこで朝7時から企業訪問を始め、9時までの2時間で5人くらいに会う。夕方までに7人に達しない場合には、その足でサウナに行って社長を探す「サウナ営業」にも取り組んだ。こうした活動を続けた結果、30歳からの5年間で業績は3倍になったという。

 

強力なツールの作成

30歳を機に一念発起した木場氏は、目に見えない商品と呼ばれる保険の販売のために顧客に提示できるツールが欲しいと考え、就業規則の労働時間を短縮すれば1社当たり約200万円の助成金が出るという国の制度に目を付けた。まず、中小企業の建築・土木事業者向けの就業規則を作成することを考え、労働基準監督署に日参して労基署のお墨付きの就業規則を完成させた。それを持って建設会社を回り「うちに保険を任せてもらえれば、助成金が受け取れて、公共工事を発注者から直接請け負おうとする建設業者が必ず受けなければならない経営審査事項の点数も上がり、退職金の準備もできる」と説明したところ、それまで大手ゼネコンなどの就業規則をベースに、実態に沿わない就業規則を使っていた事業者からの引き合いが殺到した。

木場氏は、経営審査事項を勉強し就業規則をつくったことで、企業についての洞察が一気に深まったことが、その後のビジネスにも大きな効果をもたらしたと振り返る。顧客のためにも、自分のためにも、常に学ぶ姿勢を忘れてはならないというのが同氏の考えだ。

 

MDRTショック

木場氏が生保の取り扱いを始めたのは生損保の相互乗り入れが解禁された96年の10月。生保会社の担当者に手始めにすべきこととして証券分析を指示された木場氏は、早速客先を回り、2カ月で1000枚以上の保険証券のコピーを集め、担当者を驚かせたという。その頃はまだMDRTの存在を知らず、まずは保険会社が表彰するMVPを目指そうと考えていた。周囲からは無理だと言われたMVPだったが、努力が実り、実際にMVPを獲得すると、それと同時にMDRT資格もクリアすることができた。目標を達成し、仕事に手ごたえを感じていた木場氏は、MDRT日本会のメンバーから薦められて参加したアニュアルミーティングで大きな衝撃を受ける。MDRT本部役員の講演を聞き、MDRT入会はスタートに過ぎず、目指すべきゴールはTOTになることだと感じた同氏は、帰りの飛行機の中で5年以内にTOT基準を達成することを心に決めた。

日本に戻った木場氏は、今後は相続や事業承継に注力しようと考え、戦略を練った結果、マーケットの変更に踏み切ることにした。それまでの建築・土木事業者から、医療法人へと舵を切った。高い利益を出し続けていることで自社株が高騰し、相続や事業承継の課題となっているような医療法人をターゲットに設定し、プレゼンを磨いていった。理詰めで話せばすぐに理解してくれるドクターのマーケットは業務効率の向上に拍車をかけ、2001年からはTOT会員として名を連ねるようになった。

 

準備が9割。プレゼンは5分で終える。

木場氏は多くの人が勘違いしていることの1つに、面談に対する考え方があると指摘する。「多くのセールスパーソンは、面談というと、準備は1割で、プレゼンで9割出せばよいと考えているようだが、それは逆だ。準備を入念に行い、プレゼンは5分で済ませるべきだ」という。プレゼンは5分でいいというのは、2002年にMDRTの会長も務めたマービン・フェルドマン氏から受けた教えでもある。アニュアルミーティングでそれを聞いた同氏は、それまで1時間だったプレゼンを徐々にブラッシュアップし、5分のシナリオに辿り着いた。実際、同氏はアポイントの時間を10分と提示している。病院の昼休憩の10分をもらい、プレゼンは5分で終え、あとは質問を受ける形だ。質問の時間が予定の時間よりも長くなることはしょっちゅうだ。だからこそ、その質問に答えるための勉強は熱心に取り組んだ。その場で分からない質問には「いい質問ですね。今日はたくさん話したので、その話は次回ご説明します」と返して、家に帰ってから必死で調べた。こうした活動を5年ほど続けたところ、どんな質問にも答えられるようになったという。

 

まとめ

23歳から代理店として独立し、営業活動を続けてきた木場氏。独立系代理店であることのメリットについて聞くと、「一社専属の営業パーソンはいうなればサラリーマン。そういう人が経営者を訪問してもサラリーマンと経営者の会話にならざるを得ない。我々は経営者対経営者の会話ができる。経営者だからこそ、経営についての突っ込んだ話もできる。おのずと信頼度に違いが出てくる」という回答が返ってきた。話の端々から感じられる経営者としての自負と企業のコンサルタントとしての矜持が、顧客からの信頼につながっているのだろう。企業から35年。木場氏の歩みはまだまだ止まらない。
 

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