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営業スタイル発展のプロセス~IFA木下氏の過去・現在・未来~

木下 健治 様 (Mr. Kinoshita)

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32 歳で生命保険会社の営業社員に転職した木下健治氏は、47歳の現在、大阪市中央区に代理店事務所を構え、独立系ファイナンシャル・アドバイザー(IFA)として個人保険、事業保険をはじめ損害保険、投資信託、株式、債券など幅広い分野の商品を取り扱いながら実績を伸ばしている。だが、保険業界に入る前を含め、その歩みは常に順風満帆だったわけではなく、いくつかの大きなトラブルに見舞われている。アップダウンを何度か経る中で確立していった営業スタイルや、将来像として目指す「ファイナンシャル・アドバイザーの完成形」について聞いた。

ゼロからの再スタート

木下氏が代理店事業を選択したのは、生保会社の一営業職員として働き始めた時から、いずれはFP事務所として独立し、従業員を雇って自ら育てていきたいという思いがあったからだ。また、1社専属の時とは異なり、乗合代理店だと複数社の保険商品を扱うことができ、これまでなら不可能だった顧客の幅広いニーズに応えられることも大きな理由だった。

一方で、独立することによって、これまで所属生保会社から受けてきたさまざまな恩恵が得られなくなるばかりか、保有契約と初年度・継続手数料を手放さなければならない。独立前の木下氏は、営業活動に注力する傍ら、独立するための知識とスキルの習得に努めるとともに、先にIFAとして活躍するMDRTの先輩代理店経営者3人に相談し、アドバイスをもらった。さらに、そのうちの一人には、代理店経営を修業させてもらうために、募集人として入社させてもらった。そうしたことを経て、保険業界に入って11年目の2014年に代理店を設立し、ゼロからの再スタートを切った。

初めは、乗合各社の手数料ポイントを満たす水準の実績が挙げられるか不安もあったが、これまでに関係を築いてきた顧客から寄せられる信頼と身に付けた営業スタイルをベースに活動し、独立前を上回る実績を挙げて代理店経営を軌道に乗せることができた。

とりわけ、中小製造業やドクターマーケットなどでの事業継承や相続対策で強みを発揮している。木下氏は、保険の提案をひとまずはわきに置いて、顧客の本業に役立つことは何かを徹底的に考え、アドバイスやビジネスマッチングなどを通じて地道に顧客との人間関係を築いていくことを営業スタイルの基本としているが、そこにたどり着くためには、紆余曲折があった。

 

転機となったトラブル

木下氏はもともと、大学の工学部を卒業して大手メーカーに機械のエンジニアとして入社。工場の生産設備の設計、立ち上げ、管理などで忙しい日々を過ごしながら、順調にキャリアを築いていた。しかし、30歳になった頃から、「このままエンジニアという狭い世界でしか通用しない人間でいいのか」と漠然とした疑問を持ち始めていた。そんなある日、自分が担当していた設備の調整を行っていた際、誤って機械に指を挟まれ、指先を落としてしまった。その日は、12月30日で、通常二人一組で行うべき機械の調整を人数不足もあって一人で行っていた。すぐに病院に向かい、先生に診てもらったところ、幸いにも指先はある程度まで再生し、日常生活にはそれほど支障がないとの診断を受けた。しかし、その会社ではひとたび労災事故が発生すると、必ず翌日に安全対策会議が行われる決まりになっていた。木下氏は自身のけがよりも、大みそかに幹部社員を会議のために出社させてしまったこと、しかも自分の判断から一人で機械の調整を行ってけがを負ったにもかかわらず、工場の連帯責任となってしまうことに申し訳ない気持ちで一杯だった。しかし、上司である工場長は「君の責任ではない」ときっぱり言い、管理者として責任を一人で引き受けた。

事故をきっかけに、自分の人生や仕事をあらためて考えるようになった木下氏は、今とは違う何か自分にふさわしい職業があるのではないかと、さまざまな書籍を読むようになった。その中で、ファイナンシャル・プランナー、とりわけ保険を販売する職業に興味を持った。もともと、エンジニアとして顧客のニーズに基づいて最適な設計図を描く業務に愛着を持っていたことから、機械と人の人生の違いはあるとはいえ、ライフプランニングの仕組みにひかれて勉強を始め、職場の周りの人にアドバイスするようにもなった。

それが喜ばれたので、やがて「どうせ本格的に勉強するなら資格を取ろう」と思うようになり、自宅から近い日本FP協会滋賀支部の研修会に参加してみた。懇親会では、滋賀支部長と知り合いになり、話を聞くと、FPという仕事に一段と興味を覚えた。後日、その支部長から連絡があり、「生保の営業に興味はないか」と言われた。ある大手生保の採用担当者だったその人からの誘いに、木下氏は内心、「渡りに船だ」と思い、仕掛中のプロジェクトや引き継ぎが終わった1年半後に転職した。

 

挫折・先輩からのアドバイス

入社した生保会社では当時、個人の紹介契約を次の紹介につなげていく営業手法を積極的に推進しており、木下氏も同様の営業活動を行った。当初は、周りの知り合いが加入してくれたこともあって上々の滑り出しだった。しかし、半年も過ぎると見込客のストックがなくなった。もともと、蓄積した保険の知識をベースに顧客からライフスタイルやニーズを聞き出し、必要保障額を算出して最適な設計書を提示しさえすれば、いくらでも保険に加入してもらえるだろうと踏んでいた木下氏は、「こんなはずではなかった」との思いが先に立ち、それが焦りにつながって悪循環となった。何とか見込客を見付けてもなかなか成約に至らず、実績はみるみる降下していった。生活が立ち行かなくなるとの不安から夜も眠れなくなり、ついには自動車で信号停止中に意識を失い、追突事故を起こしてしまった。幸い事故はたいしたことなかったが、たまたまその日の夕刊に読んだ記事から、自分は心の病ではないかと疑い、心療内科で診てもらったところ、「うつ病」と診断された。

とりあえず休職し、これからどうすればいいのかと思い悩む日が続いた。そんなある日、同じ営業職でトップセールスマンの先輩が訪ねてきた。「何を言われるのだろう」と内心びくびくしていたら、開口一番、「よく頑張った」と声を掛けてくれ、意外な言葉にほっとして、これまでの事情を長々と話す自分にじっと耳を傾けてくれた。聞き終わったその先輩は、木下氏の営業手法の問題点をいくつか指摘した。とりわけ、保険のことを前面に出すのではなく、「メーカー出身の木下君は中小製造業をメーンに営業し、顧客の本業や技術的なことについて話をしたらいい」とアドバイスした。そして、法人営業に数回同行させてもらった。当初、どんな営業テクニックで会社社長を保険に加入させるのだろうと思っていたが、意外にも保険の話は一切せず、全く別の話題で会社社長の相談に乗っただけだった。そんなことが数回繰り返された後、ようやく話題が保険に移ったが、そこからは提案がスムーズに進み、成約となった。木下氏は、「たとえ営業のスーパースターでも、地道に人間関係を築くことから始めるのか」と、妙に腹落ちした気持ちになった。

営業プランを練り直し、休職してから1カ月後に復帰した。知り合いの銀行マンと共に中小製造業を回り、保険の話は一切せずに、ひたすらその企業の課題についてエンジニアとしての意見を述べた。また、自分のエンジニア時代の人脈が役立つと思ったらすぐに紹介した。すると、先輩に同行してもらった時と同じように、数回目の訪問で会社社長の方から保険の加入について切り出してきた。「こういうことだったのか」。顧客に対して保険を販売しようとするのではなく、まずは顧客のためにどんなお手伝いができるかを考え、実行するという、保険販売の一つのコツをつかんだと確信した木下氏はそれ以降も、同じ手法を繰り返した。これまで中心だった個人保険分野から中小企業マーケットに切り替えた木下氏は再び上昇気流に乗り、転職して4年目で初めて、MDRTの基準をクリアすることができた。

 

FP事務所としてのゴール

今まで多くのことでMDRTの先輩に助けてもらったことを実感する木下氏は、スランプで伸び悩んでいる若手に相談されたら、できる限りのアドバイスをしている。また、代理店をより大きくして、人を育てていきたいという思いを強く持つ。現在は、主に経理などの事務で木下氏を支える奥さんと二人で代理店運営を行っているが、独立時に掲げた「設立5年で10人体制、10年後に20人体制」の目標を目指している。一方で、代理店を立ち上げてから生損保商品、株式、債券など商品ラインアップを増やして営業領域の幅を広げてきた木下氏だが、「まだ十分ではない」という。保険や金融商品の他に不動産を取り扱えるようになって初めて、顧客の事業継承や相続対策といったニーズに自分で全て対応できるようになれるとして、すでに宅建取得の準備に入っている。保険業界にまだ1%程度といわれるIFAの中で、さらに自分が目指す“完成形”に向けて、木下氏は今日も活動を続けている。

 

まとめ

いくつかの危機を乗り越えて、新しい自分のスタイルを確立してきた木下氏。「今振り返ると、それぞれのトラブルに意味があって、そのおかげで今の自分があり、また今後、少々のことが起きても客観的に自分を見て対応することができると思う」と話す。その揺るぎない心の在り様こそが、木下氏が手にした最も大切な「営業スタイル」ではないだろうか。

 

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